エッセイ

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今日、会社に向かおうと駅のそばのものすごい狭い歩道を歩いてたら、
後ろから自転車のベルが聞こえ。だいたいいつもシカトして歩いてるんだけど、
いつまでたってもしつこく鳴らしてるもんだから、振り返ったら、脳みその足りなさそうな
学生然とした若い男で。

ここは歩道なんだから歩行者優先だろ。自転車がよけて車道を走れよ、

っていったら、クルマがいっぱいでよけれないだろ、って反論してきて。

じゃあお前はお年寄りとかが歩いててもそうやって自転車のベルをいつまでも
ジリジリ鳴らしてるのか?って聞いたら、そうだ、っていう。

こんなバカをいつまでも相手にしてたら、僕の残り少ない青春の浪費だ、と思って、

ああそうですか、それじゃあ行ってください、といってよけると、

なめんじゃねえぞ、っていって去っていった。


親の顔が見たい、ってよく言うけど、僕に言わせれば、親の顔、
見る必要がないね。だって、たぶん、彼とそっくりな脳みその足りなさそうな
顔をしてるに違いないから。

どうして、日本って、こんなにダメなヤツらばかりになっちゃったんだろう、って
悲しい気持ちになってたら、朝、メシを食いながら読んだ、毎日新聞のコラム、
「発信箱」を思い出した。山田孝男記者の。僕この人の文章すき。

以下、勝手に全文引用。


http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/hassinbako/news/20060731ddm002070110000c.html

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昭和天皇の宰相観 山田孝男(編集局)

 この10日間、世論を揺り動かした主役は自民党総裁候補ではなく、昭和天皇だった。
先週の毎日新聞の世論調査で、次期首相の靖国神社参拝に賛成が33%に落ち込み、
反対は54%に達した。1月の調査では賛否とも47%だった。先週の朝日新聞の調査では
賛成20%に対して反対60%。「首相の参拝の是非を考える上で、靖国神社への
A級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示していた昭和天皇の発言を重視しますか」という
朝日の設問に対し、「大いに重視」(24%)と「ある程度」(39%)の合計は63%だった。

 激動の昭和史を生き抜いた前天皇は国際情勢に関心が深く、しかも鋭い政治センスの持ち主だった。
終戦の「聖断」はもとより、「国政に関する権能を有しない」ことになった新憲法下でも、
戦後復興、冷戦下の単独講和、日米安保条約、日中国交回復など基本政策を定めるにあたり、
国民を束ねる文字通りの象徴であり続けた。

 終戦直後の侍従次長のメモによれば、昭和天皇は近衛文麿(太平洋戦争開戦直前の首相)を
「人気を考え過ぎて勇気を欠いた」と腐した(木下道雄「側近日誌」)。
鈴木貫太郎(終戦時の首相)と米内(よない)光政(同海相)については「政治的技術に
おいては近衛に及ばなかったけれども、大勇があったのでよく終戦の大事を成し遂げた」とほめた。
首相の資質として器量、勇気、胆力を重視している。

 自民党総裁候補たちの器量はどうか。民主党と区別がつかなくなったスマートな面々が、
アジア外交や財政再建を語ってさわやか笑顔を競うほど、人物が小さく見えるのは錯覚か。

毎日新聞 2006年7月31日 0時02分
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山田記者がいうように、今回の自民党の総裁選に出馬する方々を見てると、どうして
こんなに若いんだろう、って思う。若いというか、幼い、か。谷垣なんて、61歳だっていうのに、
まあどうみても、とっちゃん坊や、だよね。
とっちゃん坊やという言葉が、こんなに似合う政治家もめずらしい。

老成という美しい言葉があるけど、日本という国は、人を人として老成させることが
できなくなってしまったのかもしれないね。

それはたぶん、便利ということ、楽ということを、とことんまで追求してきた
その当然の帰結、反動なのだろう。

安倍晋三が再チャレンジが可能な社会に、ということをいってるけど、まあたぶん小泉の
弱者切り捨ての政策があまりにも行き過ぎてしまったので、その反省にたってのものだと
思うけど、mixiのニュースとかでも、さっそくいろんな人につっこまれる。

あんたは親の七光りで若くして議員になったから当選回数も稼げたし、若くして総裁選にも
出馬できたし、そんなお前がなにをいってんだ、笑わせるんじゃないよ、と。

僕もまったく同じことを思う。みんなにチャンスを、というのであれば、
子どもの頃から塾や私立の進学校で勉強漬けのヤツらばかりが東大に行く状況を
どうにかしろよ、親が医者で、金さえ積めば入れる医大を出て、なんの職業倫理も
もたずに医者をやってる連中の代わりに、お金はないけど奉仕の精神を、人を助けたいという
思いをいだいて医学を志す人たちに、もっともっと門戸を開いてくれ。それから、
学ぶということの尊さもわからずに、やることもないし、義務感だけで学校に通ってる
日本の無気力な若い連中の代わりに、アジアの貧しい向学心あふれる子ども達に、
もっともっとたくさんの奨学金を贈ってあげてほしい。

日本の閉塞感は、いくところまでいくんだろうね。これからも。どんどん。

僕はそれをどうにかしようとは思わない。しょうがないかな、とも思う。

この国に生まれて、最低限の日本を愛する気持ちは持ち合わせてるけど、
それは僕のもつそのほかの感情にくらべて、それほど特別なものではない。
まあブラジルよりはすこしは日本のことが好きかな、という程度で。
僕は生まれつき、コスモポリタンだからさ。

まあそんなふうに7月は終わろうとしてます。
8月はいい8月だといいなぁ。



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