●3月6日(土) 土曜日の朝です。昨日、ようやく仕事が一段落しました。 右手で某N社のカメラを賛嘆し、一方左手では某C社のカメラをベタ褒めし……、という 人格が四分五裂しそうな勢い。(笑) それはそれとして。 けど、なんとか終わってよかった。退社後、初めてといっていいくらいの、まとまった量の 仕事だったので、カンを取り戻すのに、ずいぶん時間がかかった。でも、だいたい思い出して きたかな。うん、いい感じ。 13日からはタイ〜ラオス〜ベトナム〜カンボジアの小旅行に出かけてきます。 月曜日にはベトナム大使館とカンボジア大使館に行って、ビザを取ってこようかと。 ホントは10日あまりの強行スケジュールで、ラオス、カンボジアにも滞在するのって ちょっと無謀だと思うんですが、でも、どうしてもビエンチャンとプノンペンに、今回も 足を運びたいと思うわけで。インドシナの珠玉。どちらも。サイゴン、バンコクも含めて、 彼の地でエネルギッシュに生きている人々の元気を、分けてもらいに行ってきます。 いまふと思ったけど、編集者って空気を作る存在なのだな、って。 空気って、別にダイキンのエアコンみたいに快適な居住空間を……、っていうんじゃなく その場の空気。みんなが過ごしやすいように、いきいきといい仕事をしやすいように、って いう……。 昨日だか一昨日だか、会議室の広さによって、会議の質が変わる、っていう文章を読んだ。 あ、思い出した、たしか、井上ひさしさんの、毎日新聞の夕刊に載ってる、2回目のインタビューだ。 日本の国会の本会議場は広すぎる、っていう流れで。 僕は前の会社?で毎週2回開かれていた会議に出るたびに、そのことを実感してた。 2階の円卓のある大きな会議室、6階の小部屋、6階のすこし大きめの、楕円形のテーブルが ある会議室。全部、会議の質が変わる、ということを日々実感してた。そのことに気づいている 人って、あの編集部でどれだけいるんだろう。まぁ、それはいいとして。 編集者は空気を作る。こないだの、編集者触媒論に続く、編集者論ですね。(笑) 『本当の戦争の話をしよう』(ティム・オブライエン著、文春文庫)に続いて、 『異国の窓から』(宮本輝著、角川文庫)を読んだ。ずっと前に読んで感動したところと 同じところで、また感動していた。すこししたら、引用してみようと思う。 『本当の戦争の……』についても、すこししたら、感想を書いてみたい。 昨日から、カンボジアのシアヌーク国王の伝記を読んでる。タイトル失念。あとで確認して 書いておきます。ちょっと退屈かも。たとえていえば、世界史の教科書を最初から読み進めてる 感じ。通勤の電車のなかで読み始めると、もれなく下総中山あたりで眠くなる、という……。(笑) それはそれとして。 いま計画中の、単行本の構成の、勉強になるなぁ。(笑) ●3月7日(日) 『異国の窓から』(宮本輝著、角川書店)から、いくつか引用。 ===== 「文学は、アフリカの飢えた民衆に対していったい何を成しうるか」 私は豚のエサだというリンゴをかじりながら、J・P・サルトルの言葉を多少芝居がかった 口調で言った。言ったとたん、だんだん腹が立ってきた。 「文学は、よその国を侵略したがってる欲の張ったエゴの固まりの政治家に何を成しうるか。 何にも成せんやろなァ」 「輝さんて、突然、興奮する人なんだね」 と安久利さんが言った。そうなんですよ、そのために私はどんなに苦労しているか……。 大上記者は、言葉ではなく、顔でそう言っている。 池上さんが、ひとり遅れていなか道を歩いて来、私の思っていることと似た言葉をかけた。 「こんな河のほとりの家で、自給自足の生活をしながら、ひたすら小説を書くっちゅうのもええやろな」 「異邦人になってね」 「村八分にされて、バイエルンのおっさん連中に白い目で見られつつ」 「それもまた人生かな」 池上さんはこうも言った。 「源遠ければ、流れ長し。小説家もおんなじやろな。輝さん、『夢』を書いてくれよ」 「夢……?」 「そうや、夢や。理屈もへったくれもない。人間を楽しませよう。人間を、うっとりさせよう。 希望を与えよう。それ以外に、文学が原子爆弾に勝てる道はないぞ」 そのためには、自分はなんと未熟であろう。私は旅を終えて日本に帰ったら、もう一度 読み返さなければならない本がたくさんあると思った。ミルトンの「失楽園」、 バルザックの「農民」と「ゴリオ爺さん」、ダンテの「神曲」、ディケンズの「荒涼館」、 ポール・ニザンの「アデン・アラビア」……。次々と題名が浮かんだ。 私は、池上さんと西ドイツのパッサウの、ホテルの窓辺に並んで坐り、夜のドナウ河を 眺めていることに、(人生の不思議)を感じた。(人生の不思議)。この言葉を、私は 朝日新聞に連載した小説「ドナウの旅人」の中でも使っている。誰もがしょっちゅう使う ありきたりの言葉だが、(人生の不思議)に頭を下げなければ、私たちは一歩も前に進めない。 これは余談になるが、数年前、二十代前半の新人作家が登場して、その小説が百万部を はるかに超えるベストセラーになったとき、彼が印税で豪邸を建てたのだが、それを聞いた ある作家が、「勿体ないことをするもんだな」とつぶやいたという話を、私は親しい 編集者から教えられた。その金をすべて使い果たすはめになっても、家なんか建てず、 世界中を何年もかけて旅行したらいい、それはいつか何十倍にもなって返ってくるだろう。 その作家はそうつけ足したそうである。 創造というものは、おそらく、それまでどうしても見えなかった何物かが、ほんの少し 見えた瞬間から始まる。(創造)は、人それぞれによって、(希望)や(成長)や(闘志)や (真の教養)などに置き換えられるだろう。 どうせたいしたものではないのは承知のうえだが、中学生のときに、小さな映画館で見た 「第三の男」の印象は強く、私はあのプラターの大観覧車に乗ってみたくて仕方がなかった。 しかし、いかに乗ってみたくても、そのときにふっと気が向かなければ行動に移さないという 癖が私にはあって、それは、もう二度と来られないかもしれないのだからと幾ら人に促されても 駄目なのである。そんなこと言ったって、いまは気が向かないのだ、そうひらきなおって、 べつに気にもとめない。悪い癖である。ああ、この悪い癖で、何度失敗したことか……。 (引用終わり) ===== 昨日は地元の友人の送別会で2時まで歌ってた。たのしかった。 最近、すこし縁ということについて、また考えている。 縁ある人 万里の道を超えて知り合うもの 縁なき人 顔を合わせ すべもなくすれ違う (中島みゆき 「縁」) ホントにそうだよなー、といつもいつも思う。 今日は寒いねー。夕方、海へ出かけて写真を撮ってこようと思っている。 『本当の戦争の話をしよう』(ティム・オブライエン著、文春文庫)について。 読んでる途中は、短編って好きじゃない、って書いたけど、でも短編の集積じゃないと 伝えられないこともあるのだな、といまは感じてる。 この人の書いたほかの小説も、読んでみようと思っている。 外国の小説って、おもしろいかも。舞台設定が日本じゃないから。(笑) あたりまえか。 会社を辞めてから、自分で生きていかないといけない、という意識が強くなったんだろうね、 書物をがしがし読んでる。乱読という言葉に、すごく憧れる。 ●3月9日(火) 今週はどちらかというと、ひとりブレーンストーミング週間。(笑) 『シハヌーク 〜悲劇のカンボジア現代史〜』は、電車のなかで読んでるとあまりにも眠くなるので(笑) こんど時間が出来たときにまとめて自宅で読むことにして、そのかわりに、あらたに、 『カンボジア 花のゆくえ』(パル・ヴァンナリーレアク著、段々社)を読み始めた。おもしろい! いま半分くらいまで読んだかな。あの狂気のポルポト時代に人生をグジャグジャにされた若い女性の 物語。自分が訪れたことのある街、プノンペンとかが出てくると、その街で主人公たちが活き活きと 動き回っているのを見ると、その街への愛着が、さらに倍加するね。これが東京都下だと、そういうことは 望むべくもないわけで。まぁ、それはいいや。 駒村商会から、ローライフレックスを模したデジカメが発売されるんだってね。 なんか、その話を聞いたとき、いや〜な予感がした。リリースを見たら、案の定……。 スクエアに撮れる画面とか、ウエストレベルファインダーとかは、いいと思うけど、でも 全体のコンセプトは、やっぱりなんか、イロモノの域を出ていないわけで。 カメラって、写真を撮る道具だから、外見、見た目、印象に、そのカメラの実力って、如実に出てしまう ものだと思われ。たとえば、D70が、一見して、見て持って触って、よく撮れそうなカメラだ、ということが びんびん伝わってくるように。鹿島茂さんが、こないだ読んだ『成功する読書日記』で、書物の場合でも、 装丁は大事だよ、ってことを書いてたけど、同じことだよね。 さっき、風呂場で考え事をしていたら、学生時代の先輩のことを思い出した。M先輩。 僕が1年の時、M先輩はたしか、3年か4年だったと思う。ある日、学校のそばの食堂で メシをおごってもらっていて、そのときにM先輩が急にこんなことをいったのね。 ある、ずっと上の大先輩?を評して。 ●●さん、彼はテクノクラートだから……。 テクノクラートっていうのが、ソ連の官僚とかを指す言葉だというのは、あとから知った。 なんでいきなり新入生の僕に、そんなことをいうんだろう、ってずっと思ってた。 たま〜に(1年半に1度くらい)、M先輩のこの言葉を、思い出す。 いま思えば、小倉よ、テクノクラートにはなるなよ、とか、テクノクラートになっちゃダメだぞ、 っていう戒めとか期待とか、そういうことを含ませていたのかな、とも思う。 テクノクラートというのは、僕のイメージでいうと、事務処理にはものすごく長けてるけど 新しいことを始めたりとかっていう、創造性のカケラもないような人たち。 もちろん、そういう人たちっていうのも、社会には必要なんだろうけど、M先輩は すくなくとも僕には、そういう人間にはなるな、と諭したっていうことなのかな。 本人に直接聞いた訳じゃないから、わかんないけど。 今日こそ、カンボジア大使館でビザをもらってきます。あ、ビザが出来上がるのは明日。 それと、タイとロシアの歩き方を買っておこう。 そろそろ、どちらも、準備を始めなくては。 ●3月10日(水) 昨日は写真展のオープニングパーティに行ってきた。 久しぶりにお会いする方もたくさんいらっしゃって。 またも、ワインを飲み過ぎた。ちょっと反省。 あ、でも、随分いろんな話をさせていただいた、随分いろんな話がいろんな方と できた気がする。うれしい。 次へ繋がる仕事の話も、たくさん。 ある著名な写真家の方とも初めてお会いできたし。 この方とも、近いうちに仕事ができるといいな。 言葉と写真。写真というのは言葉にしづらいモノだけれども、 言葉を紡ぎ出す努力をしなければ、どんどん狭いところへ行ってしまう 気が、しないでもない。 僕はよく、Javaの開発環境を思い浮かべるのね。 ウェブの制作ソフトでもいいけど。 最初は手打ち。プログラムを。でも、それだとごく一部の優秀なプログラマしか プログラム開発ができないわけで。だんだん開発のためのソフトが充実してきて そのうちビジュアルな開発環境なんてモノも出てくる。プログラム開発が、うんと 多くの人のモノになる。 デジタル写真には、解説が必要だと思う。 まだ、キチンとした解説書は、ほとんどないといった状況で。 内実を埋めていく作業が、どうしても必要だ。それを、誰がやるかは 別に考えるとして。 コラボレーションの力、ということを、最近強く考えている。 合金パワー。独りでできることは限られているけど、だれかと協力して、 手を携えてやれば、もっと大きな、もっと素晴らしいことができる。 そのことを、会社を辞めて、フリーになって、特別に、ものすごくよく 考えるようになった。 昨日も、お世話になっている写真家の方に、会社を辞めると見えてくるものってありますね、 って申し上げると、そうなんだよ、って。僕は会社に勤めたことないから、ずっと不安だった、って。 僕なんかは中途半端な立場だけど、表現の世界に全身を浸していらっしゃる方というのは どれだけ日本で生きていくのが大変なことか。想像することすらできない。 昨日は、最初にお会いしたときにはまだ学生だった、若い写真家の方々とも ひさびさにお会いでき。みんな、すごく大人っぽくなっていた。びっくりした。 お前も早く大人になれよ、という厳しい叱咤の声が聞こえてきそうで、怖いんだけど。 別の方からは、小倉さんの日記、たまに読みますけど、あいかわらず飛ばしてますね、との お言葉も頂戴した。そうですかねぇ、僕のなかでは極めて常識的な内容に終始してる つもりなのですが……。(笑) それにしても、写真のことは楽しい。 言葉というのは紡いでいくモノだから。あるいは、みんなで少しずつ 積み重ねていくモノ。数学の定理みたいなもんかな。 少しずつ、その作業を始めようと思っている。そして何より大事なのは 写真の専門家、表現の世界のなかの人たちじゃなくて、ごくふつうの人たちにも 通じるような、生活の言葉で、語ろうとすること。 それがなかったら、あんまり意味がないと思う。少なくとも僕は 自分でその作業を進める意義を、見いだせない。 そんなことをつらつらと思う、水曜日の昼下がりでした。 さっきまで、すごくお世話になった方の葬儀に参列してきた。 親族の方々のお顔を拝見していると、人間が自分の子孫を残すということに ついて、また考えていた。とくに、孫娘さんとかをみているとね。 子どもほしいなぁ。 その前に、結婚か。(爆) 相手をそろそろ見つけなくては。 そうだ、あんまり関係ないけど、昨日の写真展で、 小倉さん、ベトナムに嫁探しに行くんですよね、ってある若い写真家の女性に いわれた。 なんじゃそりゃ、と思った。 100%間違いじゃないけどさー。 でも僕はベトナムに嫁探しが目的で行く訳じゃないよ。 うん。違うと思う。たぶん。(笑) 結果的に嫁が見つかる、ということもないことではないかもしれない けどさ。 それはそれとして。 キムチ鍋の残りをたいらげて、カンボジア大使館経由で 会社に行きましょうかね。 カンボジアに、プノンペンにまた行けると思うと うれしくてしょうがない。ラオスもね。ビエンチャン。 タイだって、そう。古都アユタヤにも1泊できそうだし。 そうだ、昨日アユタヤのホテルにFAXで予約を入れたら けっこうあっという間に返事がFAXで戻ってきた。 なんかうれしかったなぁ。意味もなく。 4月は福岡に帰る。 5月はたぶんロシアに行く。 6月は……。検討中。 7月はきっとベトナムへまた行くんだろうな。 あるいは中国かも。成都に行きたい。あるいはまた 雲南&ベトナム北部&ラオスの旅とかもいいかも〜。 ではまた。 あ、そうだ。事務連絡。 自宅のメインノートの壁紙を無地に戻した。 だからなんだというわけではないが。 それと。写真のアップを再開することにした。 昨日のオープニングパーティで会った方に、「写真をアップ するのって面倒くさいよね」って酔った勢いで言ったら、 あっさり「バカじゃないの」っていわれて、それでっていう わけじゃないけど。(笑) 僕の目指すのは、ぬくもりのあるデジタル写真。 おねえちゃんなんか撮るな、ってみなさん、 口を揃えて言われるけど、なるべく撮らないように がんばります。(笑) アップは今日の深夜あたりから、基本的には毎日。 がんばりまっす。(^^)v ●3月11日(木) とかいいながら、全然アップできてないだけに……。(涙) たったいままで、JavaScriptで別ウインドウを開かせるのに いろいろ試行錯誤してました。K先生のホームページを全面的に参考にして。 functionのあとに名前として日付を入れたんだけど、どうもウインドウが 開かない。アタマに数字が入ると機能しないというのに気づくまで1時間半くらいかかった。 アホか、おれは。(笑) というわけで、明日にはなんとか、何枚かアップできると思います。 つ、つ、つかれたぁ〜。もう3時半ですので、寝ます。おやすみなさい。 明日は旅の準備をしなくては。いつもながら、とはいいながら、ぜんぜんまったく なんの準備もしてないだけに。なんの緊張感もない。いいのか!? これで。(笑) そりゃ〜、いいに決まってまんがな。 あ、今日ひさしぶりにベトナム大使館へ行って、ビザを貰ってきましたことよ。 ノービザがふつうに、なったんだけど、私はほら、歩いてカンボジアへ入るので ビザがいるのですよ。出国の航空券を持ってないから。ま、5000円だから、 いいとしよう。さすがに、大使館にビザをもらいに来る人たちの顔ぶれ、変わって ましたね。大幅な収入減となったであろう大使館の方々、こころなしか、寂しそうな 顔をしていたような……。そんなこともないか。 今回の撮影機材、ニコンとキヤノンのデジタル一眼レフを1台ずつ持って行こうと思うのですが、 問題は、キヤノンのレンズを何にするか。標準ズームはたぶん当確。ま、とりあえず無難な線で。 あと1本持って行くとすると、なんになるか? これが難しい。ニコンは標準ズームと高倍率ズームの 2本になるので、だとすると、キヤノンのほうで明るい単焦点が1本あるといい。でも、明るい単焦点 って?? 24mmか50mmあたりか。24mmは重いしなぁ。50mmに落ち着くのかな。 なんかね、あれだけ苦労して買った24mmだけど、なんか象徴的な意味を込めて、売り払って しまおうかとも、つねに考えてる。それなりに、いい値段が付くと思うし。ちょっといまの僕には 不釣り合いな高性能すぎるレンズという気がしないでもないだけに。 まぁ、いいや。それは。 ちょっとJavaScriptの勉強もしてみようかという気がしてきた。 なんかけっこう、楽しそう。あんまりオシャレなサイトというのには興味はないのだが 機能的なサイトというのには、憧れる。 ●3月12日(金) というわけで、何回かぶん、tttアップしてみました。 半年ほど前にtttと題して始めたシリーズは、とりあえずtht2と改名して oldのほうへ突っ込んでおきました。(笑) あとから日の目をみることも、 あるでしょうか。たぶん、ないでしょうね。 まだ助走ですよ。これからガンガンいきます。 とはいえ、明日からJoi2がスタートするだけに……。う〜ぬ。 あ、でも、JavaScriptって、楽しいかも。 やっぱりホームページとうどんは手打ちに限る。(笑) 全面的に参考にさせていただいたK先生、ありがとうございます。m(_._)m 写真を見せるときに新しいウインドウを最大化して開くテクニックは 非常に重要だと思いました。ただ、こんどはそうすると、ウインドウの タイトルバーや横の枠線が気になりますね……。僕はWindows環境でしか まだキチンと検証していませんが。完全に全面化できればいいんでしょうね……。 そういうテクニック、ないのかなぁ。 『カンボジア 花のゆくえ』(パル・ヴァンナリーレアク著、段々社)、一昨日かな? 読み終わった。けっこうあっさり。もっともっとバリバリガシガシ、読んでみたいなぁ。 あ、『カンバセーションピース』(保坂和志著、新潮社)に戻ったんだけど、この本も あんまり電車の中で読むには向かない気がする。よく日が差す、広いおしゃれなリビングとかで ソファに座りながらゆったり読む本じゃないかな。しばらく寝かしておきましょう。また 読みたくなることもあるでしょう。 次は何かな。うーん、検討中。買ってある本は山ほどあるんだけど、いまの気持ちに ピタリとはまる本を探し出すのは、けっこう難しい。 スペインで、無差別テロが発生した。 アルカイダの関与もささやかれているとか。 明日、東京の中心部のJRあるいは地下鉄で同じような爆弾による 無差別テロが起こっても、なんの不思議もない。 僕らはそういう社会に生きてる。 そして、少なくとも僕は、その覚悟をしつつ、生きてる。 うまくいえないけど、僕は全体として、世の中の憎しみが消える方向で 活動しているつもり。僕の力不足で、まだまだこの地球から憎悪の2字は 消え去りそうもないけど。でも。 だから、路の途上で倒れたとしても、後悔はない。 覚悟ということ。 覚り、悟る、ということ。 それに尽きるんだと思う。 明日は9時に起きて、親友のMを病院に連れて行く。 だいぶ、症状悪いみたいだ。ホントは旅行に行ってる場合は ないのかもしれない。すまん、M。 スペインの無差別テロは、決して他人事じゃない。 明日、東京の中心部で同じような無差別テロが起きたら 新聞はどんな報道をするんだろうか。(テレビは報道の内に入れてない) 頭の体操というとうんと軽いけど、世の中の、さまざまなことに対しての 自分の身の振り方、基本的なモノの考え方、つまりは意見。そういうことを 常日頃から用意しておくのって、僕は好きだ。なので、だいたいどんなことでも それなりに対応はできるつもり。 何を書こうとしてたんだっけ。うんと、そう、 イラクの復興を急げ。米国主導から国連主導への転換を、急げ。 イラクの雇用回復を、急げ。それから、イラクの大量破壊兵器問題で 国民をわざとミスリードした米英の首脳よ、ただちに退座せよ。 それに同調して米英のイラク攻撃を許した日本の首脳も、ついでに、 ただちに退座せよ。 大江健三郎が、最近の日本人は文章ではなくて会話調ばかりになってきて 論理展開が弱く、文化の衰退がすすんでいる、っていったとか。 そう思うんだったら、小泉の、あの、悪名高き 「フセインが見つからないからといってフセインがいなかったといえるのか」の すぐあとに、どうして非難声明を出さないのか。 おれは、あんな低レベルな妄言を許してちゃ、絶対にダメだと思う。 いつまででも、しつこく、言い続けるよ。 頭悪いバカは政治家やっちゃダメだ。ましてや首相なんて。 馬鹿な政治家に率いられる馬鹿な国民。 くっだらない芸能人のあーだこーだや、どうでもいいケチくさい金儲けの 話ばっかりしてて、大事なことをなにひとつ、見ようとしていない。 二、三日前に、こないだ北朝鮮から脱出してきた、帰国事業で北朝鮮へ戻った 男性と女性が、北朝鮮に送り返された、っていう記事が、小さく載ってた。 彼らはいま、どこでどんなふうに過ごしているのだろう。 想像力。想像力の欠如。 想像力は、あるいはそれほど多くないほうがいいのかもしれない。 宇宙の果てを考え始めると、寝れなくなっちゃうようなもんで。 でも、僕らは否応なしに情報のつぶてを四六時中、受けなきゃいけない そういう時代に生きてる。だから、それに対応できない人たちは、自分の 心をどんどん殺していくんだ。芸能人のくっついた離れたみたいな話だけに 反応するように、自分を仕向けて。 昨日、小学校1年生の女の子が、となりの部屋に住む26歳の男に いたずらされそうになり、抵抗したら、殺されてしまった、という事件。 校長先生が、大人の責任です、っていったって。 そのとおりだ。 大人になれない連中が、次から次へと大人になれない連中を 拡大再生産してる。それがいまの日本の実相。 真剣に日本人の再生を考えないと、おわるよ、この国。 徴兵制とかはダメだと思うので、それに代わるモノとして、 ずっと僕が書いてる、半強制的に外国へ出して、1年間くらい そこで現地の人たちに混じって生活させる、っていう……。 それしかないっしょ。 なるたけ、先進国の大都市とかは外してほしいね。 そうだ。今日深夜に会社に行って、残ってた作業を終わらせたんだけど、 そのときに同僚のS氏にいわれた。小倉さん、旅行ばっかり行って、 よくお金がありますね、って。 そうじゃない。意地で行ってるんだよ。 わかるかなぁ。意地というのは解説が難しいタームだけど。。 つまりは、行かなくちゃいけないから、行ってる、というか……。 いままでの遅れを取り戻すべく、というか。 集中リハビリというか。(笑) そろそろ寝ます。ビールも切れたことだし。(笑) もう1本飲むか。(爆) ●3月25日(木) 人を赦せるようになりたいと思う。 罪を憎んで人を憎まず、っていうことなのかな。 簡単に人を批判しない。笑顔で包容できるように。 決して、お人好し、ではなく。 目下、その訓練中。頑張ろ、と思う。 昨日は飲み過ぎた。ほとんど記憶がないほど。 あ、でも、むちゃくちゃ楽しかったっす。 今日は夕方まで、寝てた。 企画案書を書かなくては。ふー。明日にするか。(笑) ●3月27日(土) 土曜日の朝です。 あれ? D70を買った話って、書いてなかったでしたっけ? おかしいなぁ。(笑) 帰国の翌日、23日に市内のカメラのキタムラで購入しました。 値段は、ヨドバシ価格からポイント分を引いたくらい。意外に安く買えて うれしく思っています。 うれしくて、毎日持ち歩いてバシャバシャ撮ってます。問題は、キモチヨク撮れるので どうしても、カット数が増えてしまうこと。(笑) 吸い出しが、たいへんです。もっともっと記録メディアの吸い出し、速くなるといいのに……。 あと、いま512MBのメディアが4枚、あと1GBのマイクロドライブが1枚、あるのですが 記録メディアの1GB化を、進めたいです。だれか512を買い取ってくれないかしら……。 512だと、145枚くらいしか撮れない。それが1GBだと300枚くらいになって、なかなか 間合い的には、ちょうどいいかな、っていう感じ。512だと、そうだなぁ、体感的には、1回の 散歩(旅行中のね)には、すこし(だいぶ)足りない、っていう感じ。メディアの入れ換えも、 けっこう面倒くさいしねぇ。D70って、事実上、途中で電池が切れるっていうことは、ほぼ ありえないので、怖いのはメディアFULLの状態だけで。そうなると、1GBのソリッドメディア (CF)が、あと1、2枚ほしいかなぁ、って。 できれば、連写のコマ数が増えるサンの「UltraII」が、ほしいな、って。(笑) D70のAFと連写の感じ、これってけっこう、ポートレートとかに、向いてるんじゃ ないでしょうか。そんなことを、ふと思った。あの、スタジオとかでカッチリ撮る、ポスターとか 見開きとか、画質を最重要課題におくような、そういう撮影では、フルサイズ1千万画素超の プロ用デジタル一眼を使うべきなのでしょうけど、でも、ねぇ。(笑) 僕は篠山紀信さんが400万画素のEOS 1Dで、写真をこ〜んなに伸ばして写真展を されたのを知ってるし、実際に見て、お話も伺ってるし、アサヒカメラの巻頭、見開きの写真を 1Dの写真で飾ったのも見たし、あと、横木安良夫さんが、600万画素のkiss Dで、 やっぱりこ〜んなに伸ばして写真展をやられたのも知ってる。パネルを1枚いただいたし。 バックハーの小学校の写真。 だから、画素信仰の人とは、僕はだいぶ違うスタンスを持ってる。 画素が多ければ多いほどいい、という人は、たとえば、家はでかければでかいほどいい、とか、 クルマの排気量は多ければ多いほどいい、っていってるのと、大差ないと思う。 あ、僕はそう思う、ということをいってるのであって、ほかの人の意見を否定するつもりは さらさらないのね。ほら、皆さん、依って立つ、スタンドポイント、いまいる場所、立場という モノが、ひとりひとり、全部違うから。だから、表面的に意見の一致を見る、ということは 必ずしも必要とはされない。それよりも大事なのは、その奥にある、共通の思いをさぐること。 けっきょく写真って、記録だし記憶だと思うので、いま自分の目の前にあるモノを どうしても後世に残したい、それもなるべくよいカタチで。 って。 その各論として、画素が多いほうがいいとか、ボケが大きいほうがいいとか、連写がたくさん できたほうがいいとか、あとなんだろ、手ブレは少ないほうがいいとか、ピントはよく合うほうが いいとか、ファインダーは見やすいほうがいいとか、シャッターと絞りは思い通りに選択できた ほうがいいとか、いろいろ出てくるわけで……。 でもそろそろ、デジタル一眼も、デジタル一眼を使っていたとしても、写真を語る時期に 来ているのではないでしょうか。 なぜ自分はこのカメラを使うのか、ということに自覚的になる、というか、 自分はこうこうこういう理由で、このカメラを使わざるをえない(ネガティブな意味ではなく)、 ということを堂々と主張できるような、その人の顔が見えるような、そんな言論が、そろそろ 待たれてるんじゃないかな、という気がしてます。 当たり前のことですけど。。(笑) D70、あんまり可愛いので、もう1台買ってしまおうかと思ったりもしています。 いや、でも、それよりも遠からず発売されるであろう、D100の後継のほうが買いじゃないか、 とかね。いろいろ千々に思いは乱れるわけですよ。ふふふ。 あと、D70をGetして、気軽にサクサク撮れるので、おねえちゃん写真を そろそろ本格的に復活させようかなぁ、って。コンタックスの159MMとかSTとかを 使ってたころの、あのフットワークの軽さが、自分のなかに蘇ってきた。なんだかね。 で、サイトをゴッチャにすると、いろいろ問題もあるので(笑)、別サイトにして、 あとアーティストネーム?も違うモノにしようかなぁ、とか思ったりしてます。たとえば いまのところの一案ですけど、オグラユウイチ、とかね。あ、全然ダメ?(笑) 越南太郎、っていうのも、ひとつの案なのですが……。 まぁ、いいや。(笑) ふつうの女の子の持ってる、ふつうのかわいさ、そんな感じのことを 写せればいいかなぁ、って、思ったりもします、が。 そろそろ起きましょう。 今日は親友のお見舞いに行ってきます。 明日は古いお知り合いと世田谷で花見。飲み過ぎないようにしないとねー。(笑) 親友Mのお見舞いに、四街道まで行ってきた。ひさびさにしゃべれて、楽しかった。 まったく使ってあげてないLOOXをヤフオクに出した。あと5日も期間が残ってるのに 6万円まで値段が上がって、けっこううれしいかも。7万5千円から8万円くらいで落ちる のかな。7万5千円とかになれば、御の字だなぁ。とかって、ここで書いてちゃダメ?(笑) もっと、一円でも高く売りつけなければ。(笑) な〜んていう発想って、僕のなかにはないのです。10万円で購入して、およそ半年、 必要なときに、必要なだけの働きをしてくれたから、元を取った、というのも変な言い方 だけど、そんな感じなの。大事に使ってくれる人が、その人なりの価値を見いだしてくれて、 それなりの金額で引き取ってくれるのであれば、すごくうれしいこと。金額はすこしくらい 低くても、彼あるいは彼女が、有意義に使ってくれることのほうが、僕にとってはすごく 大きなことで。いや、これホントなんだよ。ホントにそう心の底から思ってる。たぶん、 損して得とれ、っていうことなのかな。いや、それともちょっと違うのかな。わかんないけど。 今日、新聞で孫文の言葉が引用されてた。あとで書くね。 ここから夜中。 おれさぁ、よくわかんないんだけど(自分が正しいかどうか)、いま、たったいま、 TVつけてたら、JRAの高松宮記念のCMが流れてさぁ。 おれ、ホントに申し訳ないんだけど、この世の中で、何がいちばんキライかって、 ひらたくいうと、あざといモノ。 さんまは、あのCMで、何千万円Getするんだろう。いや、何億か。 おれは、間違ってると思うよ。そのこと自体。 『優駿』って小説、読んだことありますか。もしあったら、感想を聞かせてください。 競馬にロマンなんかあるもんか、って、たしか小説の中に出てくる。 作者の心の叫びとして。 最近、そうだなぁ、2年くらい、優駿、読んでないかも。 ハードカバーが上下巻あったんだけど、何処へ行っちゃったかなぁ。 あれ? もしかして、福岡で付き合ってた女の子に あげちゃったかも。 うーん、いまさら返してもらうわけにもいかないし。 しょうがない。Amazonで中古を探そう。ちょっと待っててね。(笑) はい。買いました。qbアマゾンとかっていう、あやしい書店で。 でも、上下巻セットで、1000円しないんだもん。ちょっと安すぎて ショックかも。 まぁ、いいや。僕が必ず1000円以上の価値を 見いだしてやろう。今回、また優駿を読んだことで、 この地球上に、1000円なんてちっぽけなもんじゃないくらいの どでかい価値を、つけたしてやろう。 いまさぁ、ニッコールレンズが、買いたくてたまんない。 ほしいのは、 35mm F2 50mm F1.4 あとなんだろ。 なんか眠くなってきたぞ〜。 寝るか。明日は、とことん飲むぞ!!!!!!!! まだ起きてます。(笑) いま、午前3時前。おはようございます。って、寝てないだけに。(爆) モスクワとサンクトペテルブルグって、列車で8時間なんですね。 決めた。行くこと。5月15日くらいから27日くらいまで。 2週間弱。 これから、ロシアビザ取得のために、動きます。 知らなかったのですが、予想以上にビザ取得、むずかしそう。 ロシアのビザを取るのが得意そうな旅行代理店と、Korean Airあたりの いちばん安い、格安航空券を売ってる代理店、両立するところって あるのかなぁ。 ロシアにうんと詳しくて、そのうえで航空券も安く売ってくれるところ。 ってところ、どっかないかねぇ。(笑) ま、ab−roadに載ってる代理店、片っ端から当たってみましょうかねぇ。(笑) あと、ロシアの周辺の東欧、旧共産圏の国では比較的簡単にロシアの観光ビザが 取れるんだって。なんだかなぁ、と思わないでもないけど。(笑) ●3月28日(日) 今日は知り合いに花見に誘われ、世田谷の砧公園まで行ってきました。 笑顔の家族連れやカップルがしぬほどたくさん、来てました。 それをみて、ああ、日本は平和だなぁ、と思いました。 同時に、いま戦争状態にある地球上の国々のことを思いました。 僕はそして、こんなふうに思ったんですね。 日本が平和でいられるのも、戦争状態の国々の人たちが 戦争を引き受けてくれているからなんじゃないか、って。 日本は日本で、遠い国のことは知らない、そんなふうに 考える人が減ることを、僕は望みます。 平和であることを当たり前に思っちゃいけない。 そうしないと、人間はあっという間に堕落していくんでは ないでしょうか。 明日からはかなり忙しくなりそうです。 この4連休(笑)、有意義に過ごせましたでしょうか。>じぶん あ、tttを2日分アップしたので、よかったら見てくださいね。jagabata.com/tttです。 キヤノン風にいうと。(笑) ●3月29日(月) 今日は都内某所へ写真を預けてきた。50枚ほど。 それでなんだかすっきりした。 ダメならダメで、しゃーない。前進あるのみ。(笑) というわけで(謎?)、今日、キヤノンの70−200mmと24mm F1.4を ネットオークションに出した。持ってても、たぶんそんなに使うことはないだろうから。 お金持ちになったら、また新品で買いましょ。 落札されたら、24mm F1.4の代わりに、もういっぺんシグマの24mmを買おうかな。(笑) こんどは、ニコンマウント。ほら、ニコンは大口径の24mmってラインナップにないから。 どうしても明るいのが使いたかったら、シグマしか選択肢はない。そうやって考えると、なんだか 気が楽じゃん。プアマンズなんちゃら、っていわれずに、済むし。って言ってるのはオレだけか。(笑) あんまり喋りすぎるのもアレだけど、よく僕が優先順位っていうことを いうじゃないですか。優先順位っていう言葉は若干ぬるめというか、うん、 ちょっとテクニカルなにおいがして、あんまり適切じゃないかもしれない。 いちばん大事なことがなんであるかを、たちどころにして見抜く力、というか。 そう。シャレみたいになっちゃうけど、たったひとつの大切なことは 何が大切かを見抜くこと、そのもの。 そのためにありとあらゆる教育やしつけというのは、存在しているといっても 過言じゃないかも。拾っては捨て、食べては吐き、それを繰り返して、知識を入れては 忘れ……、そして最後に残ったモノ。残ったように感じるモノ。 それだけを抱いて生きていけば、それほど大きな失敗はせずにすむだろう。 だから、本質を教えられずに、枝葉末節のテクニックばかり身に着けさせられた若者は 気の毒といえば、そうかもしれない。でも、順繰りだから。どんなに上司や先輩をうらんでも すこしたてば、自分も同じ立場になるんだし。 ね。 我以外皆我が師ということは、つまりは自分で学ぶ、ということと 裏表の関係にあるんだと思う。生きているということじたいが大きな学校のなかに 身を置いているというか。もしそうでないとしたら、けっこうやばいかも。 大事なことは、何が大切であるかを、たちどころに見抜く力。 それさえ手に入れられれば、あとは怖いものはそうたくさんはない。 このことは、どれだけ繰り返しても、言い過ぎじゃないと思う。 じゃあ、どうやったら、その力を手に入れられるのか、って? そりゃあ、才能と経験と……。才能がもしなかったら、人一倍頑張ることだと思う。 僕もけっこう頑張った、つもり。自分では。その頑張りも、なかなか報われるまでには 時間が掛かるもので。途中で腐ったりいじけたりしたら、あとはたぶん成長はない。 何処までいっても愚直に誠実に素直に、そして好奇心旺盛に。 眠くなってきたので寝ます。そろそろ2時だし。 ●3月30日(火) アクセスログ見てたら、イタリアのドメインからのアクセスが重なってて。 なんじゃ?と思ったら、どうもイタリアのサイトにモノクロの写真がリンクされた みたいで。 これ。15/03/2004の、屋根の下を人が二人歩いてる写真。 えらい昔の写真だなぁ。これは福岡ですよ。西鉄の高架化の工事をしてるときだね。 でも、モノクロは過去のモノである、というのは、ホントにそう思うなぁ。10年以上前に 近未来写真術というNHKの番組で、篠山紀信さんも言ってたけど。いまのこのデジタル時代 ますますそう思いますわ。もちろん、モノクロの生き残る道というのも、少しは残ってると 思うけど。たとえばポートレートとかね。 あと、アクセスログを見てて、写真の参照数とかで感じるのは、「iwai」シリーズが すごいヒット数。(笑) 何年か前に、南房総に行って撮ってたおねえさんたちの写真。 やっぱりウェブの世界って、女の子の水着の写真とかって、引きがあるんだねぇ〜。 しょうがない、今年もいっちょ、頑張るか。(笑) あ、でも、タレントとかモデルとか 女優じゃない、ごくふつうの可愛い女の子の水着姿って、けっこう新鮮でしょ。(笑) やっとみんな、ふつうの女の子の写真の魅力について、気づいてきたか。(^^; そこへ切り込むことの重要性とか難しさとか。 なんか偉そうですが。(笑) まぁ、いいや。今後の研究課題としよう。(^^; そろそろ起きます。今日はこれから母の携帯を買いに近所のY電機へ、 その後、ロシア旅行のいろいろを探りに、都内の旅行代理店へ行ってこようと 思っています。 前進あるのみ!!! ここから夜中。 自分に足りないのは、やさしさ。 それはすごくよく、わかってる。 人華っていう言葉が、仏典にあるんだって。どういう話かっていうと、 雨というのを、仏様の慈悲に喩えて、仏様は等しく雨を降らせるけど、 受け取る側はそれぞれだよ、って。 『法華経の智慧』のなかでも、僕が好きな場所のひとつかな。 好きな場所は、まぁ、死ぬほどあるんだけど。(笑) 自分を基準にしちゃ、いけない、っていうようなことかな。 たぶん、そういうことなのかもしれない。まだはっきり理解できたわけでは ないのですが。 あ、ごめんなさい。自分を仏様になぞらえてる訳では、けっしてありませぬ。 でも、僕がここで言いたいのは、自分よりも後輩の人たちに対して、もっともっと もっともっともっと、優しくなりたい、っていうこと。 そういえば、今日、ふと職場で思いついて、10Dだれか買ってくれないかなぁ、 っていったら、買ってくれそうな人が、幾人か、いて。 いくらだったら、買ってもらえるんだろう。 まぁ、いくらでもいいや。引き取ってくれる人が、居さえすれば。 いや、別に10Dが嫌いな訳ではないの。ただ、このあとうちにいても、 しばらくは、仕事をさせてあげられないかな、っていう予感がするので。 いざさらば、さらば10D〜♪ ●3月31日(水) 2000年あたりの夏に南房総で撮ったminamiとかiwaiのシリーズへの アクセスが、なぜか続いており。なんでだろ? いちばん多いのはGoogleあたりの 画像検索で、ビキニ、ってキーワードを入れて、それで引っかけてくるパターン。 いや、でも、最近マイブームな、ふつうの女の子を撮る、そのことの良さとか重要性とかを 思うと、なんだろうって考えるんだけど(日本語変? 笑)、やっぱり路地野菜だと思うんだよね。 地鶏とか野良猫とかいうと女の子に失礼になるので。(^^; 路地野菜とか、野草のたたずまい。慎み深さ。野いちごの甘酸っぱさ。 とかね。 それに対して、じゃあタレントさんやモデルさんは何かっていうと、比較的穏当な言葉でいうと 職業婦人、ですよね。それによって対価を得ている、というか……。こないだのJRAのさんまと いっしょだな。 その親しみやすそうな笑顔とかアドリブの利いてそうな台詞とかで、何千万円ふところに入るの?って。 夢を与える、というのは、とても美しい、あるいは嘘くさい、言葉ですよね。 あ、いえいえ。モデルやタレントの存在を否定してる訳じゃない。モデルやタレントを撮っても 自分のホームページに載せる写真にはなりにくいなぁ、って。あたりまえか。パブリシティ権も あるし。(笑) なんか10年前と同じことを言ってるなぁ。人と同じモノじゃなくて、自分が見つけた、魅力的な モノを撮るべきだ、って。それが写真じゃん、って。 何処に書いてあるか、お教えしましょう。エッセイのページの「ここ」ですね。タイトルは「毎日コン二重応募など」。ちょっと不吉ですが。(笑) いまふと思ったんだけど、デジタル時代のスナップって、よく考えたら、 僕がずっと前に津田沼のイトーヨーカドーの前の写真屋でバイトしてたときに、毎日のように お客さんから大量に持ち込まれる写ルんですあたりで撮られた写真たちに、よく似てるかも。 いい意味での素人の目線というか。ヘタウマというか。従来の安定した構図を壊しつつも、そこに 残る何かを伝えようとしている、というか。 っていうようなことを出社前の午前11時47分に自宅の自室の布団の上にうつぶせになりながら ぱちぱち打って、いったい何になるというのでしょう?(笑) いえ、単なる腹ごなしです。 カレー食い過ぎた。(笑)